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テキスト堆積場

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ドッペルゲンガー

ドッペルゲンガー

 病院のエントランスに瓜二つの顔をした二人の男が座っている。彼らはテーブルを囲んで先日亡くなった友人の話をしていた。
「四ツ谷も不運だったよな。まさか、心臓の血管が詰まるなんて」
 四ツ谷という男は心臓に先天的な病気を抱えており、その上不規則でだらしない生活によってまんまると肥えていた。いつ心臓が止まってもおかしくない状態ではあったが、彼の死は残された男たちに大きな衝撃を与えた。
 男二人の元にもう一人、彼らとそっくりな顔をした男が険しい面持ちでやってきた。
「検査結果を聞いてきた」
「……どうだった?」
 男二人は弱々しそうな表情で尋ねた。
「心臓に欠損があった、四ツ谷と全く同じな」
 彼の返答に、男二人は表情を曇らせた。
「全員同じ疾患があるとはな……」
 四ツ谷の死をきっかけに、男三人は心臓の検査へと来ていた。結果、三人ともが四ツ谷と同じ疾患を心臓に抱えていることが判明した。
「でも、手術で簡単に治るそうじゃないか」
 男の一人が頭を掻きながら言った。
「まあ、確かに……」
 相槌は打つが、とてもそうとは思えなかった。
 男三人は不安を忘れようと、関係のない雑談を始めた。亡くなった四ツ谷の話や最近の出来事を報告しあい、いざ病気の話に傾くと、無理にでも別の話題を持ち出した。
 そんな無為に時間が過ぎる中、
「……なあ、……ドッペルゲンガー、って知っているか?」
 不意に男の一人が言い出した。
 男二人はキョトンとした表情で彼を見た。
「おんなじ顔のやつに三人以上会うと死ぬってやつだろ?」
 内一人が髭を弄びながら当然知っているという表情で答える。
 途端、彼らのひたいに汗が噴き出した。
 四ツ谷もまた、彼らとそっくりな顔をしていた。
「おい! 四ツ谷が死んだのは俺たちのせいだとでも言うのかよ!」
「いやまさか、俺たちも直ぐに死ぬって言うんじゃ……」
「そんなつもりはない。非科学的だ」
 男はずり落ちた眼鏡を押し上げた。
「ただ、俺たちの場合は逆だなと思ってよ。四ツ谷のおかげで俺たちは病気が発見できた。俺たちが会わないでいたら、みんな気付かずに死んでたんだ」
「……確かに……そうだな」
 男二人は静かに頷いた。
 気は重いものの、四ツ谷の死に意味を見出せ、男たちは少し気が楽になっていた。
「でも、すごい偶然だよな。顔の同じやつらが、同じ病気を抱えてるなんて」
「しかも、四人も」
 男が頭を掻きながら付け加える。
 場に妙な空気が流れる。
 彼らは互いに顔を見回した。
「いやいやいやいや。おかしくないか、さすがにこれは」
 再度、男たちのひたいに汗が噴き出した。
「……いや、そうでもないぞ」
 男はずり落ちた眼鏡を押し上げた。
「顔を表す遺伝子と心臓に欠損を持つ遺伝子が対応しているんだろう」
「つまりどう言うことだ?」
 男は咳払いをすると口を開いた。
「先天的に心臓の同じ箇所に欠損を持つ奴は、つまりそれに関する同じ遺伝子を持っていると言うことだ。その遺伝子が顔にも影響を与えるとしたら、似た顔つきになって当然だろう?」
 男二人は彼の言ったことを頭の中で整理をしようとした。
「進化生物学の性淘汰におけるランナウェイ説みたいなことさ。綺麗な色の羽の遺伝子を持つ鳥は、免疫力の高い遺伝子を持っている。それに近いんじゃないかな」
「なるほど」と二人は安堵した。
「しかし、そうなると俺たちはモテないってことだよな」
 男は髭を弄びながら自嘲気味に笑った。
「まあまあ、モテなくても構わないじゃないか、俺たちがいるんだ」
「でもよ、もし仮に結婚できたとしたらよ」
 男は頭を掻きながら言った。
「この病気が子供に遺伝する可能性があるだろ?」
「……いや、そうでもないぞ」
 男はずり落ちた眼鏡を押し上げた。
「最近じゃあ、生まれる前に子供がどんな遺伝的性質を持つか分かったり、遺伝子操作をすることができる。つまり、遺伝的に優れた子供を人為的につくることも可能なんだ」
「デザイナーベビーってやつだろ? すごい時代になったもんだ」
「俺の子供が同じ病気で悩まなくて済むんなら、そんなありがたいことはない」
「それだけじゃないぞ。もしかすれば、もっと技術が進化すれば、生まれてくる子供の一生をシミュレーションすることさえ可能かもしれない」
「シミュレーテッドリアリティか……。現実と区別がつかないレベルでシミュレートできれば、理論上は可能な話か」
「生まれてくる子供の一生を再現できれば、順風満帆な人生が確約された人間をつくることも可能だ」
「よく分からねぇが、人生が上手くいく人間を意図的につくれるってことでいいのか?」
「もっと技術が進化すれば、な」
「すごい時代になったもんだ」
 三人は愉快そうに笑った。
 途端、彼らは動きを止めた。髪や服の裾は重力に逆らい、先ほどまで騒がしかったエントランスも今では無音である。床や服、あらゆる物のテクスチャが徐々に失われていき、円形の机が角ばって見えるほどポリゴンの解像度は下がった。ただ、停止した男三人のみが鮮明にその場に残っていた。
「若い頃の貴方みたいでとても素敵だわ、彼にしましょう」
 ディスプレイを眺めていた女性は眼鏡を掛けた男を指差しながら言った。
 傍らの男性が何も言わずに頷く。
 男女は書類にサインをすると、仲睦まじく産婦人科を後にした。

伊藤右貴いとうゆうき

1995年、愛知県生まれ。名古屋市立大学芸術工学部情報環境デザイン学科所属。眼鏡以外に何のアイデンティティーも持たない大学生。小林泰三森見登美彦米津玄師小林大吾トクマルシューゴが好き。
大学ではプログラミングを中心としつつ様々な分野をつまんでいる。新しい技術などに興味がある。
連絡先:urrightlab→gmail.com
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