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テキスト堆積場

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めいそうする男

めいそうする男


 暗転から目覚めると、真っ白な天井があった。左胸あたりでピピピッと音がしている。手探りで取り出すと、それは体温計だった。
「何度?」
 声のする方へ顔を向けると、制服を着た女子生徒がいた。
 その幼さにもう懐かしさは感じられなかった。
「下がってるかな」
 その声とともに私の手が優しく握られる。
「失敗だった」
 私は女子生徒に「333」と表示された体温計を向ける。しかし、彼女がそれを見る様子はない。
「うなされていたけど、変な夢でも見たの?」
 ここじゃない、もう少し先で私は気がつかなければならない。
「ああ、変な夢を見た。話せば長くなる」
「聞きたいな」
「もう十分に話したよ」
 私は、目を閉じた。

 暗転から目覚めると、真っ白な天井があった。ベッドの肌触りが先ほどよりよく感じる。
「急に倒れたけど大丈夫?」
 声のする方へ顔を向けると、見慣れた彼女の姿があった。
「熱測ったほうがいいんじゃない?」
 私はハッと我に返った。あたりを見回すと、見覚えのある写真や家具がある。
 ここだ、この時点で気がついていれば間に合っていたかもしれない。
「最近、体調悪そうだけど大丈夫?」
 慌ててベッドの上で体温計を探す。しかし、どこにも見当たらなかった。
「体温計? 持ってくるね」と彼女は部屋を出ていった。
 彼女が戻るのを待ってはいられない。
 私は深くため息をつくと、目を閉じた。

 暗転から目覚めると、真っ白な天井があった。
「あなた」
 声のする方へ顔を向けると、子供を連れた女性がいた。
 必死な表情の彼女は少し老けてみえた。
「すぐに先生を呼んでくるわ」
 聞き覚えのあるセリフだった。私はすぐさま自身の状況を確認した。
 患者服を着ており、腕には点滴が刺さっている。
 途端、何度目かもわからない激しい疲労感が私を襲った。
「呼ぶ必要はない」
 私は彼女を引き止めた。
 もう手遅れだった。今回も失敗したのだ。
「また次で会おうか、次こそは」
 私は子供に手を置くと、目を閉じた。

 暗転から目覚めると、真っ白な天井があった。
「久しぶりね」
 声のする方へ顔を向けると、先ほどとほとんど変わらない彼らの姿があった。
 子供が少し大きくなったように見える。
「反重力機能を切るわ」
 その声とともに私の体はゆっくりと降下し、ベッドの上に着地した。
「明晰夢って知っているか」
 私は親しげに、何度目かもわからない質問をした。また、彼女は黙ったままだった。
「夢を夢と自覚し、ある程度のコントロールが可能らしい」
「そう」と女性は短く言った。
「夢は現実世界の時間に介入されない」
「そう」と女性は短く言った。
「夢を自覚すれば、体感時間は無限に引き伸ばされると思ったんだ」
「そう」と女性は短く言った。
「もし、夢の中のあの地点で症状に気がついていたら、今とは別の世界線を夢の中で永遠に見続けられるかもしれないと思ったんだ」
「そう」と女性は短く言った。
「しかし、夢はまたしても現実に追いついてしまった。私の症状を早期に発見することができなかった」
「そう」と女性は短く言った。
「現実はどれぐらい時間がったったのだろうか、私はまだもう少し生きていられるのだろうか、そう怯えながら走馬灯の中で走馬灯を見ている。しかし、もう見れる場面は多くはない」
「そう」と女性は短く言った。
 もう何度目だろうか、頭を殴られたような激しい痛みが私を襲った。次の走馬灯こそは成功させるのだ。
「想像力にも限界はあるわ」と女性は言った。
「もう一度だ……」
 私はそう言って、目を閉じた。

 暗転から目覚めると、真っ白な天井があった。左胸あたりでピピピッと音がしている。手探りで取り出すと、それは体温計だった。
「下がってるかしら」
 その声とともに私の手が優しく握られる。
「失敗だった」
 私は女子生徒に「334」と表示された体温計を見せた。しかし、彼女がそれを見る様子はない。
「変な夢でもみてたの?」
 ここじゃない、もう少し先で私は気がつかなければならない。
 私は、目を閉じた。

お題「体温計」

伊藤右貴いとうゆうき

1995年、愛知県生まれ。名古屋市立大学芸術工学部情報環境デザイン学科所属。眼鏡以外に何のアイデンティティーも持たない大学生。小林泰三森見登美彦米津玄師小林大吾トクマルシューゴが好き。
大学ではプログラミングを中心としつつ様々な分野をつまんでいる。新しい技術などに興味がある。
連絡先:urrightlab→gmail.com
ここをしまう